「オレンジ色のダンスホール」
扉を開けた瞬間飛び込んできたのは、
さっと俺の横を通り過ぎた冷たい風と、真っ赤に染まりかけた一面の空だった。
その光景にはっと息を呑んで、ほんの一瞬足を止める。
…と、こんなことをしてる場合じゃない。
いい加減重いのだ。早く手に持った大きな看板を置いてしまいたい。
「はぁ〜…、誰か一緒に来いよ、なんで一人で付けないといけないんだっての…」
がらんとした屋上の上に、持っていた看板を置く。
「体育祭」と書かれたその文字を見れば、…まぁ、何に使うかはわかるだろう。
明日行われるイベントのシンボルとも言えるソレは、校庭から見上げるというその用途を考えれば当然デカイ。
となるとそれに比例して、当然重量も重くなっていくわけで。
ソレを一人で運んできた俺を褒めて貰いたいもんだ。
…って、誰に向かって言ってるんだろうな。俺は。
さてと、次はこの看板を屋上から釣り下げてしまわなければいけない。
様子を見るために柵の方へと近づいて、ぽんと、胸の辺りまでしかないソレに手を置いた。
うちの屋上の柵はいわゆるフェンスのようなものではなく、規則的に並べられた棒によって作られた柵だ。
看板に紐を結びつけてこの棒から垂らせば、まぁなんとかなるだろう…、
「戦人ぁ〜!何してるんだよー!!妾もまざろー!」
「!!う、…うわぁああああああ!!…と、ベアト!おまえこそ何するんだよ!!いきなり後ろから押すな!!落とす気か!!」
そんなことを考えて柵から身を乗り出した次の瞬間、ドンと腰の辺りに強い衝撃が襲ってきた。
たまらず前に傾きかけた体をなんとか戻す。
だけど、崩れかけた体勢を無理やり元に戻したんだ。
当然綺麗に戻れるはずもなく。結局俺は体勢を崩して、屋上の床に無様に尻餅をついた。
後ろから、くすくすという笑い声が聞こえて来る。
……どうやら傍から見ていても、相当滑稽な格好だったらしい。誰の所為だと思ってるんだ。
非難の意味を込めて、後ろに立つ女を強く睨みつける。
女は愉快そうに更にくすくすと笑った。
「むぅ、押したわけではないぞ?抱きついたのではないかぁ。
…妾のような美女に抱きつかれたのであるぞ?もっと喜べよぉ?のぉ、右代宮戦人ぁ〜?くっくっく!」
短い紺色のスカートに、ブレザー。うちの制服に身を包んだこの金髪の女はベアトリーチェ。
この容姿に名前をしていながら、留学生や帰国子女というわけではない、
1年の時から同じクラスの普通のクラスメートである。
たしか、おばあさんがイタリア人のクオーターとか言ってたかな?
この外見に俺も最初は勘違いしたのだが、彼女の国籍は日本。
そもそも旅行を除けば海外にでたこともなく、英語の成績に至っては俺の方がよかったはずだ。
折角祖母の血を色濃く継いで、金髪碧眼。
更にすれ違った男の10人に8人は振り向く様な見事なおっぱいをしてる彼女は当然学校でもいつも注目の的である。
今日も確か下でひっきりなしに声を掛けられていたはずだが。なんでこんな所に居るんだろうか?
「言ってろ。…で?何しに来たんだよ?お前は下で受付の用意をしてたはずだろう?」
やっと整ってきた息を大きく吐き出してそう訪ねた。
それがため息をついたように見たのか、ベアトの頬が不機嫌そうにぷくっと膨れる。
「むぅ…。そなただけでは大変だと思って手伝いにきてやったのにその言い方はないではないかぁ!!
…ふん、その様子だと妾は不要のようだなぁ…?、下に戻ろうかのぉ…」
「あ!っと待てよ!!悪かったって。
せっかく来たんだから看板押さえててくれよ!一人でどうしようかと思ってたからお前が来てくれて凄く助かるぜ?」
くるりと踵を返し掛けたベアトに慌てて声を掛ける。
訝しげな視線をこちらに向けながら、それでもベアトは足を止めてもう一度振り返った。
「……本当か?そなたいい加減なことを言っておるのではないだろうなぁ?」
「言ってねぇぜ?頼りにしてるから手伝ってくれよ、な?ベアト!」
「…ふん、ならば仕方ないのぉ」
そう言ってとりあえず拝み倒してみると、ぷくっとした膨れ面がころりと得意げな笑顔に変わった。
…少し煽てればすぐこれだ。
単純というか、いつまでたっても子供っぽいんだよな。まぁ、そこがいいんだろうけど。
「…おい、そなた。やっぱり何か不愉快なことを考えておらぬかぁ…?」
「気のせいだろう?ほら、さっさとつけちまおうぜ?俺が看板持つから紐でくくってくれ」
夕焼けがまた少し深くなり、冷たい風が俺たちの頬を通りすぎた。
あと数十分もすれば辺りは真っ暗になってしまうだろう。
手元が見えなくなる前にさっさと看板を取り付けて下に戻りたい。
それはベアトも同じだったみたいで、俺がそう言うとそれ以上彼女も深入りはせず、
言われたとおり紐を持って柵の方へと近づいてきた。
その足がぴたりと止まる。
同じタイミングで、俺も足を止めて一緒に柵の下を覗き込んだ。
聞き覚えのある音楽が、下から聞こえて来たからだ。
「…フォークダンスの練習か。音響の確認のついでに手が空いてる奴らがやってるんだな」
「うむ、上から見るとこんなに歪な円だったのだなぁ。…ふふ、なんだかおもしろいではないかぁ」
ぐたりと柵に寄りかかりながらベアトがくすくすと笑った。
たしかになぁ。下で自分達がやってるときには気づかなかったけど、ひどい形だ。
最初こそきれいな円で始まったフォークダンスだったが、何度かパートナーチェンジを繰り返すうちにぐちゃぐちゃ。
すぐに楕円どころか、波打ち際の跡のようになってしまった。
多分、本来演目としてやることになっている3年だけじゃなく、その辺にいた1、2年も混ざってるんだろう。
ぐちゃぐちゃになった円を見ながら、隣に寄りかかって、俺もくすくすと笑った。
悪戦苦闘しているらしい下の奴らの様子に、体育の授業でのとある人物の様子を思い出したからだ。
「…お前も言って練習して来た方がいいんじゃないか〜?ベアト?
体育の授業の時酷かったぜー?お前のパートナーになる奴、なる奴、全部足踏まれてたじゃねーか?いっひっひ」
思い出した光景に思わずにやにや笑ってそう言った。
顔を耳まで真っ赤にしたベアトが振り返って叫ぶ。
「う、うるさい!うるさい!!あんなの妾を満足にリードできぬ奴らの方が悪いのだぁ!!妾のせいではない!!」
「いっひっひ、そうかよ、そうかよ?まぁ、明日の本番ではせいぜい流れを止めないように気をつけろよ?
…さぁ、それよりさっさと付けて戻ろうぜ?」
「………」
「………回る順番が逆なら、もっと真面目にやっておったわ…」
「はっ……?」
ぽつりと言われた言葉に、思わず看板を降ろす手を止めて振り返った。
逆行に照らされたベアトの瞳が僅かに揺れる。
ぎゅっとスカートの裾を両手で握りしめて、俯いた彼女の横顔がとても悔しそうに噛みしめられているのが見えて、ざわりと胸の奥が騒いだ。
「ベアト……」
「…さぁ!早く看板をつけてしまうかのぉ!!
風も冷たくなってきたし、このような所にいつまでもいたら風邪を引いてしまうわ!!」
何が言いたいかは解らなかった。
それでも何か言わなきゃいけないことは嫌というほどわかっていた。
だけど、俺が次の言葉を見つけるよりも、
ころりと表情を変えたベアトが早口でそう言い放つ方がずっと早くて。
ベアトは俺に次の言葉を言わせまいとするかのように、
勝手にそうまとめて、俺の横を通り過ぎて先に行こうとした。
むっと、正体のわからない奇妙な苛立ちが胸の中に巣くう。
持て余した感情をどうすればいいかわからなくて、
俺は訳がわからないまま、遠ざかっていこうとするその手を、強く掴んだ。
パシリと高い音と共に、赤くなったベアトと目が合う。
初めて掴んだその手は、思っていたよりもずっと小さかった。
「ば、戦人…?」
「……」
困惑した表情で、ベアトが小さく俺の名前を呼ぶ。
なんて返せばいいのか。そもそも何をしたかったのすらわかってないのだ。
俺に返せる言葉なんてあるわけない。
何も言えないまま俯いた視界の端に、握りしめたベアトの手が見える。
その手を離したくないと、ぼんやりと思った。
それだけが全てだった。
だって、今俺の手の中にある小さな手は、きっと明日の本番では一度も掴めない。
ほんの2、3回しか繰り返されない音楽の中では、あの大きな円は一周回りきらない。
だったら…、あっさりと離してやるなんてそんな選択肢あるわけねぇだろう?
「……なぁ、ベアト…”練習”しようぜ?」
「はぁ?……!!」
きょとんと目を丸くしたベアトの後ろで、一度鳴りやんでいた音楽がもう一度初めから鳴り始めた。
その曲と、俺が言った言葉の意味が彼女の中で繋がるよりも先に、掴んだ手を強く引く。
体制を崩したベアトを受け止めて、逃げられないように腰に手を当てて固定した。
どっちの足から出るのか忘れてしまったけど、まぁいいだろう。
夕焼け空に照らされた屋上を舞台にした、2人だけのフォークダンス。
出来るだけ音響テストが長く続くことを祈りながら、
俺は音楽に合わせて足を踏み出した。
「オレンジ色のダンスホール」
(二人きりのダンスパーティ)
バトベアWebアンソロEP2開催おめでとうございますー!
今回はEP1よりもさらにたくさんの方が参加されているのを見て、
私も発表を楽しみにしてます…w
当たり前ですが、これが公開されている頃にはもう見れてるんですよね…。
どんなバトベアが公開されているのでしょうか…w
今回は前々から書きたかった学園パロを書いてみたのですが…。
書きたいネタで突っ走ってしまいました(笑
フォ、フォークダンスっていいですよね!!(力説
それでは、とりとめなくなってしまいましたがこの辺で。
主催者のマナさん、素敵な企画を本当にありがとうございました!