「これは箱守十八が読者に贈る最期の物語」

1 金の蝶が示す場所


暗い、暗い場所にだれかが立っている。
周りを舞う金色の蝶が、その姿を照らすも、
その弱い光では、そのだれかがだれだかわからない。


生きているのか、
死んでいるのか。
笑っているのか、
泣いているのか。
大人なのか、
子どもなのか。
男なのか、
女なのか。


わからない。


箱を開けるまで、その中の猫が死んでいるのか、生きているのか、わからない。
『シュレティンガーの猫箱』


だれかが立っているそこは、
全ての猫箱が集う場所。


その蓋を開けないように、守っているだれか。
その蓋の周りを飛ぶカケラたちを、猫箱にしてしまわないように守っているだれか。


そのだれかがわかるとしたら、それは、他のだれかが、やってきた時。


「バートラッ!」


突如、ファンファーレが鳴り響くかのような、騒がしく五月蝿く賑やかな声がその場所へ飛び込んできた。


それに伴って、温かくて眩しくて暖かい光が、暗い場所を満たす。


「ラムダ、デルタ」


長らく、声を出すことを忘れていたかのように、
擦れた音がそのだれかからこぼれた。


「そうよー。
あんたの後見人にして、絶対の魔女、ラムダデルタちゃんが来てあげたってのに、
なーに暗い顔してんのよぅ」


ぼんやりと、表情の消えたその・ ・
ぼんやりと、表情の消えたその少年の顔に指を突きつけ、
楽しそうに笑う少女。


「なんの、よう、です?」


それでも表情は変わらない。
ただ、その声が、少し、明るく響いたように感じる。


「んー、最近ハナシ聞かないから、どうしてんのかなーと思って、
ちょーっと立ち寄っただけよー?」


声の変化に寄っていた眉間が、やわらぐ。


「くすくすくす」


まるで、笑うのはこうするんでしたよね。
と初めて脚本を読んだ素人が演技をしているかのように、
棒読みな笑い声


「なによぅ」


それを当たり前のように笑い声と捉えて、
少女はむっとした顔へと変わる。


「こんな遠くに、ちょーと立ち寄りに来てくれたんですか」


変わらず無表情なのに、
声だけは、温かい。


「別に遠くないもの。
指ぱっちんで一瞬よー?」


そう言うやいなや、指を鳴らし、
少女の姿は消えてなくなる。


「そうですね」


再びだれもいなくなった筈なのに、
その場所が明るいまま。


「ラムダデルタは、魔女だから、どこにでも行ける」


ぱちん


今度は、少年が指を鳴らすと、


何も無かった空間に、椅子とテーブルが現れる。
テーブルの上には、焼きたてのお菓子と砂糖たっぷりの紅茶が用意されている。


「違うわ」


いつの間にか、少女はその椅子に腰掛け、紅茶を手にしていた。


「違いますか?」


いつの間にか、少年も向かいの椅子に腰掛け、紅茶を手にしていた。


「私が、偉大な、元老院にも席を置く、航海者たる魔女だからよ。
フツーの魔女は、簡単に領地から離れたり他の領地に飛んでったりできないもの」


魔女にフツーも何もねぇだろうが


「そうですね。
ラムダデルタは、偉大な、魔女だ


少年は、一口紅茶を啜って、肯定する。


「あんただってそうでしょーが」


少女は、魔女に絶賛される悪魔の作ったマドレーヌから口を外して、
呆れた顔を浮かべてみせる。


「そうでしたっけ?」


少年の顔は変わらない。
声にだけ、おもしろがっているような、ふざけているような調子が混じる。


「そうでしょ。
絶対を後見人に、奇跡を無限に起こす、造物主にまで至った黄金と無限を知る有限の魔術師なんて、
あんた以外どこにいるってのよ?」


今度は、さくさくのパイを味わいながら、歌うように言葉を紡ぐ。


いるんじゃないですか?
無限のカケラのどこかには



飲み干したカップを黄金の蝶に変え、消してしまうと、
猫箱の付近を飛んでいたカケラが、少年の手にいくつか集まってくる。


「いないわ、絶対に


少女は、手にしていた鳥の形をしたクッキーを飛ばして、
少年の手にあったカケラを跳ばしてしまう。


「くすくすくす」


少年は、そのクッキーを口に放り込んで、嗤う


「それで、なんのよう、なんです?」


今度は、口に弧を描いて、確かに笑ってみせた。


「最初に言った通りよー?
可愛い後輩の現状確認ってやつー?」


あとは、悪魔のクッキー目当て? と、にんまり笑う。


「元気ですよ。
他の領地を強奪したり、他の魔女で遊んだりもしていません」


「くすくすくす」とだれかの真似をするかのように口ずさむ。


「そ、だったら、ゲーム、できるわよねぇ?」


悪魔のクッキーを頬張りながら、尋ねる。


「んー。相手と罰ゲームによります」


悪魔のクッキーを頬張りながら、答える。


相手は、あんたの親族。
罰ゲームは、そのカケラが山のように放置されたまんま、
忘却の海を漂ってるのを100年眺めること



少女から、表情が消える。 大魔女に相応しい、冷徹で残酷で艶やかな声が響く。


「それは、また、退屈しなさそうです」


少年の声から、温度が消える。
大魔女に相応しい、怜悧で残忍で愛らしい笑顔を浮かべる。


舞台は、1986年10月6日以降の六軒島および右代宮家親族のあるところ。
全員が無事に帰って来た筈のカケラで、起きる惨劇を未然に防げ