今日は晴天。1986年10月12日。


前日早朝、右代宮家長男夫妻は、父の怒りに触れたと友達の家に居た娘に電話をかける。
むくれた顔の娘に、大急ぎで大切な物を選ばせ、正午に半刻と迫る時間に、使用人を連れて島を出た。


直後、正午ジャストに、島は大きな音ともに黒煙を上げた。
それは即座にトップニュースとなり、他の弟妹も知ることとなる。
当然、警視庁の管轄で捜査対象となり、爆発物処理班等が島へと高速艇を走らせる。


とんぼ返りを余儀なくされた蔵臼、源次が見たのは、本邸とゲストハウスのあった場所に開いた大穴。
夜が更ける頃に森の奥で発見された家は、都合の良いことに鍵は開いていた。
しかし、捜索しても、誰もいない。


だが、水、ガスなどの使用痕跡があったことなどから、ここで人が生活していたことがわかり、また、金の指輪の横に置かれた封書から、
『我が最愛のベアトリーチェ
 お前が戻らぬというのならば、私がそこへ行こう』
という金蔵の字で書かれた物が見つかったことから、老当主の自殺と認定。


旧日本軍の残した爆弾を金蔵が保持していたと認める源次の言葉から、方法も明らかになった。


勿論、それに納得する弟妹ではない。
警察の前では何も言わなかったものの、次男一家の家に滞在が決まった長男夫妻を
「お父様が亡くなっていたのをごまかす為に、家を爆発させたんじゃないでしょうね!」
と長女はなじる。
だが、父に信頼を受けたという自負のある二人は、冷静に返すのみ。


「私たちは、お父さんの言葉に従ったまでだ」
「お義父様は、昨夜もお酒を召し上がり、薔薇庭園を見てまわっていました。
亡くなっていたなどと、失礼なことを言うのは許せません」


その冷静さが尚長女のいらだちを募らせ、
持ち出した物に父の部屋にある筈の有価証券が含まれていないことを謝罪されると、
次男も次女も追及に加わった。


なお、自分の家が跡形もなくなったことにショックを受けた朱志香は、仲の良い紗音と譲治のいる次女一家の家で寝込んでいて、
次女が連れて来た真里亞は、親族会議に出られなかった縁寿と一緒に別の部屋で遊んでいて、いとこ組はその場にいない。


証拠もなく、立証不可能な問答は、夜まで続く。


「遅れて申し訳ありません」
「いっひっひ、あんまり騒ぐとせっかく寝た縁寿と真里亞が起きちまうぜ」
そこに、警察での取り調べを受けていた源次を連れた戦人がノックする。


「あら、縁寿寝ちゃった?
ごめんなさいね。全部任せちゃって」
子どもに聞かせる内容じゃなかった、と顔を伏せる三兄妹。
霧江が席を立ち、源次を迎えいれる。


「いいよ、母さんたちも疲れてるだろ。
蔵臼伯父さんたちだけじゃなくて、絵羽伯母さんたちと楼座叔母さんの部屋も用意しといたから、俺は帰るな」
リビングの扉の陰から顔を出さぬまま、いたわりの言葉を重ねる。


「おいおい、戦人、おまえ6年も顔見せてねぇのに、挨拶もせずに出て行く気か、
今夜もこっちで過ごせばいいじゃねぇか」
明日夢の実家に帰ろうとする戦人を引き止める。


「俺は、右代宮じゃない。
6年不義理にして見せる顔もないよ」
そのまま、遠ざかる声。


「お、おい待てって」
慌てて立ち上がる留弗夫


子どもっぽい第一声と気遣いあふれる思いやりに対し、あまりにクールな言葉に他の兄妹は呆然とする。


「戦人くん。きっと起きた時貴方がいないと、縁寿は寂しがるわ。
夜も遅いし、今夜もこっちにいなさい」
追いかけようとする夫を制し、戦人の弱点である縁寿を持ち出す霧江


その言葉に足を止めた戦人は、小さく息を吐くと
「わかった。こっちに泊まる。
でも、俺は、この家の人間じゃないってこと、忘れるなよ、留弗夫さん」
そのまま、階段を上がって、6年前のままの己の部屋を通り越し縁寿の部屋へ


「ごめんなさいね。
戦人くんも、義姉さんたちに会いたくないわけじゃないと思うんだけど」
いつもクールな霧江には珍しく、本気で困った顔をして言う。


「まったく、留弗夫ぅ、あんた謝ったんじゃなかったのぅ?」
甥の傷の深さと弟の行為の罪深さに、呆れた口調で尋ねる。


「ああ」
その時は、許してくれた。
だが、その後、縁寿にせがまれた戦人が母親が違う兄弟の話を読み聞かせていて、耐えられなくなって、戦人と霧江と三人で居た時、本当の母親のことを告げた途端、顔色を変えた。


・・・その顔は、まさしく血の繋がりを思わせる、よく似た表情だったのを覚えている。


「その後に、ちょっと、いろいろあってね」
霧江は、その話をするのは止めて欲しいと、言外に匂わす
顔を見ればきっと、姉貴たちは気が付くだろう、戦人が霧江によく似ていることに


戦人は、怒った。
霧江に我が子を死んだと告げたことを


「ふざけんじゃねぇ!母親をなんだと思ってんだよ!
愛する人と他人との息子を、自分の子が生きていたら同じ年齢の子に会わせて、
それで、再婚後に息子と思えって?
しかも、それが実の息子なんだから、この18年に受けて来たであろう傷を帳消しにしろだと!
謝るのは俺にじゃねえだろ!母さんと、・・・霧江母さんに、二人に謝るべきだろうがぁ!」



それから、戦人は、霧江を母さんと呼ぶ。
縁寿にとって、最高の兄であろうとする。
だが、俺を父とは呼ばなくなった。
・・・縁寿といる時は、まるで許してくれた後のように、接してくれるのに、
いない時には、「留弗夫さん」と他人行儀の呼び方になる。


「戦人様は、本当にお館様に似て参りましたな」
源次さんが、ぽつりと漏らす。


「あ、源次さんは、戦人くんに会ったのね」
それに合わせて楼座が、俺と戦人の話から、戦人自身の話に変えてくれる。


「はい。実に聡明な方となられました」
源次さんが、褒めるのを初めて聞いた気がする。


「それは、光栄ね。
あの子に後で伝えておくわ」
霧江もホッとしたように、話に乗る


「あらあら、あんたじゃなくてお父様に似たなら、少なくとも頭の面では安心ねー」
「うむ、源次さんに褒められるなんて、やるじゃないか」
姉貴が笑い、兄貴も珍しく褒める。


「はっはっはっ、こりゃ一度帰る前にお義父さんに似てきたっちゅー戦人くんに会いたいもんやな」
「ええ、部屋の準備もしてもらって、お礼を言わないといけません」
秀吉義兄さんと夏妃義姉さんも続ける。


「そうね。
あとで、挨拶はなくていいから、お礼を伝えたがってるってことを言っておくわ。
もしだめでも、縁寿といる時に、お兄ちゃんは?って聞けば、来てくれるわよ」


さっきまでのギスギスした空気が嘘のような時間。
あいつの気遣いで、俺や姉貴たちの空気が変わったんだ。


そうして、戦人がいかにいい子か霧江が披露し、姉貴にからかわれて。
やがて、葬式のことへと話は移った。


「戦人くんは、お父様のお葬式には出るの、よね?」
もう質問の矛先は、完全に霧江だ。俺は、あいつのことを知らない


「それが、弔いは一人でするから、親族が集まる場所には行かないって言ってて・・・
こればっかりは縁寿から頼んでみても、だめなのよ」
「お、おいおい、なんだよそれ。
あいつ親父殿とは仲良かったんじゃないのか?」


縁寿から、お兄ちゃんはおじいさまと仲良しって聞いた時は仰天したけど、
源次さんの言うように顔だけじゃなくて、チェスっていう趣味まで共通ならおかしなことじゃない。


「ん?戦人くんは、お父さんと仲が良かったのか?」
兄貴が首を傾げる
「6年前、出てった時、ものすごく怒ってたと思うんだけど・・・」
あいつが出て行って翌年に縁寿を連れた霧江を伴って出席した際、何気なく「戦人くんは?」ときいた楼座に、「あの馬鹿者はもう右代宮でもなんでもない、二度と私の前であれの話をするな!」と激高した。


「お館様は、戦人様に期待をしておられましたので、裏切られたように思ったのでございましょう」
源次さんは、淡々と言う。


「なぁに、お父様は、戦人くんを跡継ぎにでもしたかったって言うの?」
当主に強い執着を持つ姉貴が食いつく。





「いえ、お館様は、蔵臼様を当主とお認めになられました
源次は首を振ると、金の指輪と、金色の・・・4枚の・・・キャッシュカード?を出す。


「それは・・・」
金色の指輪は、右代宮家当主の証


「その、カードは、なに?」
楼座は、指輪ではなく、後者に目をやった。


これは、お館様がご用意されていた生前贈与分のキャッシュカードでございます


同じように見えるそれを、一つずつ手元のメモと照合して、兄妹一人一人に間違えないように渡される。


「暗証番号は、それぞれのお誕生日にお館様のお誕生日を続けた番号でございます。
セキュリティ上危ないので、中の2億5000万円は別の口座に移された方がよいかと」


「え?え?に、2億?」
「2億5000万円でございます。楼座様」


そうして、四兄妹が抱えるひとまずの財政問題は、解消された。