その頃、「戦人」は、縁寿の部屋で横になって目をとじていた。


問題のうち、
1. 死体なき死者右代宮金蔵を、誰の罪も問わない方法で、殺せ
2.右代宮四兄妹の財政問題を解決せよ
3. 蔵臼、夏妃夫妻に右代宮金蔵が死んだのは、1986年10月6日以降と認識させよ
は、解決したな。


あとは、2つ。
4. 「右代宮理御」を奪え
5. そして、誰一人欠けることなく、縁寿に幸福な18までの誕生日を迎えさせる


安田紗代が負う罪「父と姉の間にできた子である」を解消させる。
彼女を、祖母が違うだけの孫の一人にしなくてはならない。


・・・彼女が子どもを作れないのは「甥との間に子を為しては、父と同じように、罪を犯すことになる」という心理面での枷が原因。身体の傷は、子を生み、育てるのに支障はないものだ


さぁさ、思い出してご覧なさい。
九羽鳥庵のベアトリーチェが愛したのは誰だったのか。
彼女のお腹に宿ったのは、父との子ではない


口の固い、源次が右代宮家の執事後継ぎとして育てようとしていた福音の家出身の青年。
彼は、本邸で勤めた後、九羽鳥庵のことも含めて、全ての仕事を源次から教わっていた。
・・・ベアトリーチェと恋におちて、結ばれてしまうまでは・・・


二人の関係に気が付いた源次は、ベアトリーチェの恋を応援する熊沢の反対を押し切り、
彼にベアトリーチェが独り立ちするまで会ってはならないと言い渡し、島の外で働くよう命じる。


だが、やがて、金蔵はおかしくなり、ベアトリーチェを傷つけ、子を産み、崖から落ちて、
それを知った青年は、我が子が産まれていたことも知らないまま、彼女の後を追うように海に身を投げた。


・・・源次が紗音の実父でもよかったんだが、ここの源次は「血の繋がりはないが、娘のように思っている」とはっきり認識しているからな。介入ができなかった。


これを、どうやって告げるか。
「右代宮戦人」は、紗音に会うのを望まない。
やっぱり、ここは





さぁさ、おいでなさい。その優しき魔法で、あの少女を癒しなさい


「久しぶりですね。バトラくん」


有限の魔女、ププリウス・ワルギリア・マロ。
我が最愛、黄金にして無限の魔女ベアトリーチェのお師匠さま。


「お久しぶりです。
熊沢さんへの介入を頼んでも?」


「・・・ええ、勿論です。
あのベアトも、その娘であるあの子も、私にとっては娘同然ですからね」
バトラの姿と口調に、一瞬目を伏せるも、あの目を細めた優しい笑顔で応じる。


「結婚式前夜に、彼女の本当の両親を伝えてください。
愛し合って産まれた子であると、譲治とは従兄妹以外の血の繋がりはない、と」


「ほっほっほっ、伝えましょうとも。
お二人の愛の物語を、そして私たちからあの子への愛を」
ドレスの端を持ち上げ、頭を下げると黄金の蝶と姿を変えて飛び去った。





これではまだ、「右代宮理御」を奪ったことにはならない。
あの子は、金蔵が1年以上前に既に死んでいることを知っている。
だから、もしも、夏妃か蔵臼が金蔵の「最期」をきけば、おかしいと気が付くだろう。


全員が信じなければ、魔法は成り立たない。
ほんの少しの綻びから生じたロジックエラーは、やがて大きくなり、誰かの罪へと変わる。


それに、俺の姿を一生長男夫妻に見せないというのも難しいだろう。
きっと、霧江さん・・・母さんは、縁寿を使って、皆の前に出るように言うだろう。


このコマは、金蔵の若い姿そのものであり、同時に、母さんとの血の繋がりを感じさせるようにできている。


・・・いっそ、須磨寺の家にでも行って、地下のお茶室に一生閉じこもってしまいたい。


それだと、楽なんだけど、このコマを作った意味がなくなるか。
5番目を達成させる為には、縁寿の傍に居なくてはならない。
右代宮の財政状況を源次や、その後を継ぐ使用人から情報を聞かねばならないから。


そう、たとえ、1986年10月6日以降、生きていたとしても、問題がなくなることはない。
問題の要因全てをだれかが悪化させてしまう前に取り上げて、解消する行為は、
海岸で砂粒の形を一つ一つ見て、同じ形に削り、磨き上げるようなことに等しい。


ざりざりと削られているのは、だれの心?


右代宮戦人は、共にゲームで戦ったベアトに会いたいだけ。
一緒に、また、ゲームをして、同じ時を過ごしたいだけ。


それは、紗音とでも右代宮理御とでもない。雛でもない。
たった一人、あのベアトリーチェに会いたい、謝りたい、愛したい、遊びたい、笑った顔がみたい。
・・・もはや、私は、右代宮金蔵の一番の理解者。


あの子が、ベアトリーチェ、紗音、嘉音という3つのコマを使って、事件を起こすならば、
私は、戦人、バトラと金蔵のコマを使って、全てのゲームで、「ベアトリーチェが無実であること」を証明する。
私自らが六軒島の爆弾を使用し、あの日島に居た全ての人から被害者も被疑者も出さないようにしなくてはならない。





「あら?もしかして、戦人くん?」
軽いノックの後に入って来たのは


「お久しぶりです。楼座叔母さん
ご挨拶もせずに、すみません」
身体を起こして、いっひっひと笑う


「真里亞を見に来たんだけど、戦人くんがついててくれたのね。
ありがとう」
穏やかな寝顔の娘に、ホッと息をつく。


「・・・ここの向かいに部屋を用意したんですけど、
もしよかったら、ここで寝ます?
毛布も予備ありますし、目が覚めた時、貴女がいたら、真里亞も喜ぶ」
立ち上がると、棚の上の方から毛布を取り出す。


「ありがとう。でもいいの?戦人くんの寝る場所取っちゃわないかしら?」
その台詞は、先ほどの霧江義姉さんと同じもの。
血が繋がっていない筈なのに、よく似てる。


「構いませんよ。隣に部屋がある身です。
朝方、縁寿が起きる前に、こっちに来ればいいんですから」
柔和な笑みは、兄にも父にも似ているとは思えない。
妹に向けるそんな優しい表情は見たことがない。


「そう。何から何までありがとう」
「どういたしまして」
・・・やっぱり、霧江義姉さんに良く似ている。
部屋を出ようと背を向ける彼は長身で、重なることなんてない筈なのに





「自室」に戻る。
隣とはいえ、他の伯父伯母に会わないかと身構えつつ、部屋に入った。


・・・さくたろ、か。
真里亞の友達。


楼座を見て思い出す、真里亞の引き裂かれたぬいぐるみ。
今の真里亞が持っていた「魔導書」は、黒き魔法に染まりつつあった。


これも、5つ目に当てはまる。
マリアージュ・ソルシエール・・・真里亞とベアトの魔女同盟。
けれど、あの子は、紗音を選んでしまった。
母さんに似てクールで現実的な縁寿。
・・・真里亞は、一人になってしまわないだろうか。


私は、魔法を使ってさくたろうを甦らせることができる。
けれど、「戦人」は、魔法を否定する。
真里亞がこの先、笑って過ごせなきゃ、ベアトは喜ばない。
楼座が幸せでなくば、真里亞を幸せにはできない。
いびつな砂が、また1つ。


解決策は、ベアトの友人「バトラ」を生み出すこと。
真里亞と2人の時にだけ現れ、魔法を友達と共に使う方法を教える魔術師。


砂をまんまるにして、また岸辺に戻す。
いびつな砂が散らばる無限の砂浜で、寝転がり、目を閉じる。