5 金の蝶が示す場所2
「なによこれ」
ラムダデルタはソファーからむっくり起き上がると、
両手に抱えたポップコーンの箱から、
いちご味のを取り出すと、バトラに向かって飛ばした。
「気に入らなかったか?」
バトラは、それを受け取ると、口に放り込んだ。
「甘っ!」
「甘くないわよ、ぜんっぜんだめ、面白くない」
ぽこぽことポップコーンを投げつける
「しょうがねぇだろーが、だれか殺さなれきゃ、バランスとれねぇんだから」
甘いのは、ポップコーンだってば。
と投げつけられたそれを別の箱に飛ばして、
甘くない紅茶を啜る。
「あんた、ベアトに会いたくないの?」
ポップコーンも、ソファーも、紅茶も消える。
暗く、暗く、暗い猫箱とカケラと黄金の蝶のみが視界の全てに逆戻り、
1999年の姿をしていた戦人が、
魔術師の少年の姿に姿を変える。
「あいたい」
温度も感情も読めない声と顔
「だめよ、バトラ。全然だめ」
冷めているような、熱すぎて痛いような声
「あんたは、なんで魔女になったの?」
「ベアトに会う為」
間髪を入れず、熱すぎて痛いような、冷めきった声が告げる
「それで?あんたの好きなあんたのベアトには会えたの?」
『俺の、俺だけの黄金の魔女、ベアトリーチェ』
「会える。どこかのカケラに絶対に「い」る」
これまで、何の感情も見せなかった漆黒の目が、青い光を宿す
「そう。いるでしょうね、どこかに。
で、今のあんたをベアトは「右代宮戦人」だと認識するのかしら?」
これまで、いろんな感情を映し出してきた瞳からは、何も読めない
右代宮戦人は、魔女を信じない。
右代宮戦人は、親族を疑わない。
右代宮戦人には、罪がある。
魔術師バトラは、魔女を愛し、コマを使い、殺し、罪のないカケラを造り出す。
100年かけて、自身が生まれたカケラで縁寿の幸せを祈り
100年かけて、縁寿と絵羽が幸せを手にするカケラを造り
100年かけて、親族全員を生還させるカケラを造り
100年かけて、六軒島の爆発事故をなくし
100年かえて、右代宮戦人と八城十八が共存するカケラを造り
1000年かけて、罪の無い「黄金の魔女ベアトリーチェ」を生み出し
1000年かえて、罪の無い「安田紗代」を助け出し
1000年かえて、罪の無い「右代宮戦人」を造り出し、
コマを全員、幸福なカケラにぶちこんだ
1000年、ロジックエラーのカケラを巡り、数多の魔女にゲームを仕掛け、救い出し
1000年、ゲームを開催し
元老院に席を置く、絶対、奇跡に並ぶ無限の魔術師となって、
カケラを生み出す造物主にまでなって、
1000の1000乗の間ずっと、ずっと、ベアトリーチェを探し求めている。
あの日消えた、彼が殺した彼だけの黄金の魔女ベアトリーチェを、求めている。
幾人ものベアトリーチェを造り出した。
いくつものカケラを巡った。
幸せなカケラを生み出した。
それでも、バトラは満たされたない。
愛してくれたベアトリーチェには、「ベアトを愛する右代宮戦人」を
愛してくれた両親には、「家族想いの右代宮戦人」を
罪の無いカケラには、「罪の無い右代宮戦人」を
与えて、残して、バトラは立ち去る。
どうやっても、バトラはバトラを幸せにはできない。
幾人もの救われた魔女が、傍観し諦観してきた魔女が、バトラを想っても、
バトラはなんとも想わない、思えない。
やがて、感情を自分のコマに押しつけ、表情を忘れると、
かつて「姉」と名乗ったことのあるベルンカステルが、いちばん初めにいたカケラを手に、
なにか、怒って、叱って言っていた気もする。
だけど、なんとも響かず、ベルンカステルをも「幸福なカケラ」に閉じ込めて、
憧れ、慕い、怯え、敬い、呆れ、哀れむ魔女たちから遠ざかり、
小さな場所で、第1から第5のゲームとその裏と過去と未来を、繰り返し繰り返し眺めてる。
たまに生まれる惨劇のカケラの猫箱には蓋をして、生存者に優しい魔法をかけて、
たまに惨劇の過去のカケラを見つけると、手を加え、幸福のカケラに道筋をかえる。
そうして、1000の1000乗、ベアトリーチェを想っている。
それでも、バトラは、ベアトに会えない。
魔女を愛し、コマを使い、殺し、罪のないカケラを造り出す魔術師を、
ベアトリーチェは愛さない。
だから、ラムダデルタは、ゲームを用意する。
バトラが戦人(じぶんのこと)を蔑ろにしないように、
面白くて退屈しない最高のハッピーエンドを見せると誓った戦人を、思い出させる為に。
「いい、バトラ。
あんたはポップでキュートでさいっこうな結末を描かなきゃだめなの。
右代宮戦人も八城十八も、バトラ、あんた自身もよ!もちろん私も!登場人物すべてがハッピーエンドの物語を描かなきゃ、
ベアトリーチェは帰ってこないわ」
それがどんなに難しいことか知っているくせに
「でもね、あんたがそんな終わりを見せてくれたら、
絶対に、あんたのベアトは帰ってくるわ」
絶対の魔女は、無限の造物主にささやく
そうして、少年は、ずっと、永遠に物語をつむぎ、少女を楽しませるのだ。
いつか、絶対に再会するベアトリーチェを心に宿して
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